妊娠と虫垂炎(いわゆる盲腸)
生涯に10人に1人が経験するとされてきた虫垂炎(いわゆる盲腸)ですが、近年では、生活習慣、腸内細菌環境の改善などにより、生涯発症率は減少しています。
とはいえ、妊娠中の外科手術の中で最も多いのが急性虫垂炎で、妊婦の2000~5000人に1人が発症するとされており、私たちの経験でも、妊婦2万人のうち5人が手術を受けています。
一般的に「盲腸(虫垂炎)のようなもの」と言えば、比較的簡単な外科手術という意味合いがありますが、妊娠中の虫垂炎は診断が難しく、治療が遅れると、流産・死産を引き起こしたり、母体生命に関わる場合もあるので、早めの判断が必要です。
妊娠中の虫垂炎は診断が難しい
典型的な虫垂炎は、みぞおちの違和感や、吐き気に始まり、やがて右下腹部に限局した痛み(圧痛点)が増強し、進行すると下腹部全体の痛み、発熱といった経過になりますが、妊娠中は異なります。
- 妊娠中は虫垂(盲腸)の位置が移動する。
子宮が大きくなると、虫垂が上に押し上げられたり、子宮の後ろに潜り込んだりして、典型的な圧痛点診断が通用せず、超音波検査でも虫垂炎の診断は難しい。
- 妊娠中の一般症状が、虫垂炎の初期症状と類似している。
妊娠中は、もともと腹痛、吐き気などの症状がおきやすく、虫垂炎の初期症状と区別がつきにくい。
- 妊婦は、正常でも血液中の白血球数や炎症数値が増加している。
通常の虫垂炎では、血液中の白血球や炎症数値の増加が診断に役立ちますが、妊娠中は、もともと数値が増加しており、血液検査だけでは、診断がつきにくい。
- 妊娠中はMRI、CT検査をためらわない。
現在のMRI、CT検査は性能が向上しており、妊娠中でも、必要であれば検査できます。虫垂炎の疑いがある場合には、躊躇なくMRI、CT検査を行います。
診断が確定した虫垂炎は手術が原則
- 妊娠中は、手術を避けられない場合が多い。
妊娠中でなければ、抗生物質などで症状の改善を期待(いわゆる”薬で散らす”)こともありますが、妊娠中は診断が確定したら手術が優先です。
妊娠中の虫垂炎(盲腸)であっても、破裂する前に適切な手術が行われれば、リスクは少ない病気ですが、万一、破裂して炎症が腹腔内に広がると、流産・死産や母体敗血症という最悪の事態も起こります。
以前に、虫垂炎を”薬で散らした”経験のある人が妊娠中に再発した場合や、虫垂炎を疑い、試験的な抗生剤投与で症状が治まらない場合には迷わず手術です。
- 妊娠中は、開腹手術になることが多い。
妊娠中でなければ、腹腔鏡手術も考慮されますが、妊娠中は定型的に済まないので、いつでもそのまま開腹手術ができる準備が必要です。虫垂炎の位置によっては最初から開腹手術になります。
PS)
昭和時代、海外赴任や海外留学の前や、帝王切開や婦人科手術の際に、正常な虫垂の切除が行われていましたが、現在では、そのような予防的虫垂切除は行われません。